メモに「太宰治の女」と書いてある。

何か思いついた時には後で思い出せるようにメモに残している。だが、このメモが何を意味しているのかさっぱり分からない。

確かに自分が書いたはずなのだ。メモはそれ専用のアプリに残しており、当然ながらそのアカウントにログインできるのは私だけだ。

私が書いたはずである。

自分の脳みそにはそれなりに自信があるほうだ。あまり回転は速くないものの、ロジカルに一つ一つ思考を積み上げるのは得意なのだ。

なので大抵の場合は、思考の一切れでも残って入れば、その周縁で考えられていたことは後で紐解くことができる。

しかし今回はお手上げである。

太宰治とは、太宰治であろう。これは間違いない。同姓同名の知人はいないし、物語の登場人物としても今まで読んだことはない。

ということは問題は、女。

もちろん女は女である。女性。それは分かりきっているのだが、「太宰治の女」となると、まるで分からない。

例えば「マルサの女」であれば、マルサという属性を持つ女、ということになる。太宰治は属性ではないので、当てはまらない。

例えば「高橋くんの女」であれば、高橋くんの所有物(という表現は物議であるが)としての女、カノジョ、である。

今回の場合は前半が「太宰治」という名前なのだから、後者の可能性が高い。太宰治の彼女、ということか。

しかし、これもまた問題である。なぜなら、太宰治は過去の人物だからだ。当然ながら面識はない。

まるで面識のない人間の彼女。過去の人物の彼女ということは、その女も過去の人物ということになる。

誰なんだ。

確かに有名な人物の彼女なので、興味がないこともない。

とはいえ、太宰治自体には昔からそれほど興味はなく、なんだか面倒なことばかり考える人だな、という認識しかない。

大して興味がない人間の彼女なわけで、やはり今考えても特段興味は湧かない。誰でも良いのだ。

なぜ自分はこのメモを残したのだろう?

これが書きたかったのだろうか?